2023.06.01
ケアテックを牽引する株式会社aba CEO 宇井氏にインタビュー。起業にいたるまでの経緯やCTOとの出会い、さらに今後の展望について聞いた。
今回は、なぜ介護の中でも「排泄」に目をつけたのか、テクノロジーに傾倒するきっかけとなったエピソード、ビジネスパートナーであるCTOとの役割分担についてお届けする。
「排泄」に目をつけるきっかけになった2つのエピソード
ーーベッドに敷くだけで排泄を検知できるHelppadを開発されていますが、介護の中でも排泄分野に目をつけたきっかけや創業に至った経緯についてお聞かせください。
まず、なぜ排泄分野に目をつけたかというと、2つのエピソードがあります。
1つ目のエピソードは、20歳になったばかりの秋に人生で初めて介護施設へ実習をさせてもらったときのことです。
デイサービスのフロアに寝たきりで意思疎通が取れない方がいらっしゃいました。身体が細く、関節が固まって自分で座っていられない方を、介護職の方が2人がかりで便座に座らせて、おなかを押しながら排便を促してたのです。ご本人は何をされているかわからない状態で、激しく叫び声を上げていました。今振り返るとすごく生意気なことを言ったなと思うのですが、当時の私はすごくびっくりして、「これはご本人が望んでいるケアなんですか?」と介護職の方に聞いてしまいました。すると介護職の方の回答は「わからない」でした。
なぜかというと、この方は普段自宅で過ごされている方のため、帰宅後はご家族が介護をしなければいけません。排泄処理も慣れていない家族の方がおむつ交換をすることはすごく大変。できれば施設にいる間に排便をさせてから帰してほしい、とご家族に言われていたそうです。
介護職の方は、家族のケアも考えて介護をしていかなければいけません。だから「本人が本当に望んでいるか」と聞かれてしまうと、正直わからないと答えることしかできないのです。
プロの介護職の方でもわからないことがあるのだなと気づいた時、なんて難しい仕事をしてくださっているのだろうというリスペクトの気持ちが湧いたのと同時に、何かこの人たちの助けになりたいと強く思いました。
2つ目のエピソードは、実習のときに参加した終礼での出来事です。
介護職の皆さんの力になりたい一心で、介護職の方に「どんな介護ロボットがあったらうれしいですか?」と聞いたところ、「おむつを開けずに中が見たい」と言われました。
出てもいないのに何回もおむつを開けたり、出てからずいぶん時間が経っていたりなどすれ違いが多いと、とても大変でしんどいと感じることがあります。排泄の状態が分かれば、何度も介護職の方も確認に行かずに済み、本人もゆっくり過ごすことができます。
この2つのエピソードは1日で起きたエピソードです。
介護職の方々への強いリスペクトと、わからないを解いてあげたい想い。
だから私たちのミッションの1つは「ケアラーのわからないをなくす」。このときの場面が排泄だったことは、私にとって大きな影響を与えた出来事です。
テクノロジーで格差は埋めることができる
ーー宇井さんがテクノロジー領域で起業したきっかけをお聞かせください。
中学時代に地域格差、情報格差を感じていたこと、それをテクノロジーで解決できると実感したのがきっかけです。
私は東京から2時間ぐらい離れた、電車が1時間に1本しか来ないようなところで育ちました。
2000年初頭に祖母がうつ病になったのですが、当時ベストなケアを届けられていたかというとそうではなかったと思っています。
医療面では主治医の先生を信頼していましたし、その時にできるベストなケアを届けてくれたと思っています。
ただ、都内の病院を受診したり、うつ病の家族がいるコミュニティに入ったりと、家族としてできることが本当はもっとあったかもしれないと思うことがあります。
当時はインターネットを用いた検索エンジンが出てきたばかりのため、住んでいる場所がどこかによって、そのまま情報格差につながっていました。
それから私が中学生の時に、インターネットの普及が急速に進みました。
都会の女子学生と同じ情報を自分も同じタイミングで得ることができる、地域格差を一瞬で埋めてくれるすごさに驚きました。
このときから、私はテクノロジーが介護者負担の何かを解いてくれるのではないかと感じるようになりました。
ーー中学生の頃からずっと考えられていたんですね。
そうですね。起業家にはトレンドを掴んで起業する方、自分が研究してきた技術を社会に実装したいと思って起業する方などいろいろなタイプがいらっしゃいますが、私は自分の原体験から起業する、「ソーシャルアントレプレナー」だと思っています。
マスデータから課題を見つけるのではなく、自分の体験の中でペインと感じたものが、もし他の人もペインと感じているのなら、それは必ず解決しなければいけない、使命だと感じてしまうというタイプの起業家ですね。
他のソーシャルアントレプレナーの方と比べてユニークなところは、手段が「テクノロジー」であることだと思っています。ソーシャルアントレプレナーというと、通常はNPO法人設立やコミュニティ運営などが一般的なやり方かもしれませんが、地域格差を感じていた私にとって、コミュニティなどの人数制限がある方法では、どうしても誰もがアクセスできる方法ではない、世界中に広がらないなと感じてしまうんです。
しかし、テクノロジーであればそういった格差は基本的に起こらないと考えています。私がテクノロジーに傾倒しているのは、格差を埋める手段として価値を感じているからです。
私は社会課題を解く時は、一部の人に良いサービスを届けるのではなく、60点でもいいから全員に届けたいと思っています。
CTOとの出会いはAO入試会場
ーーCTO谷本さんとの出会いについてお伺いできますでしょうか?
彼(谷本)との出会いは大学AO入試の面接会場でした。
話は特にせず、試験会場で一方的に私が見ていたという表現が正解になります。
60人くらいの受験生が待機している中で、一番前に座っていた彼がバッグからおもむろに自分で実装した二足歩行ロボットを出したんです。
入学後、多くの先生方が自分のプロジェクトに彼を引き入れたいと思っていました。
しかし、彼が学生時代に一番心血注いでいたものは、ロボカップという人型のサッカー競技で、世界大会で優勝するほどのめり込んでいました。
ーー二足歩行ロボットやロボカップが興味の対象だった中で、Helppadはずいぶんイメージが乖離していますが、どうやって引き込まれたのでしょうか?
彼の軸はずっと変わっていないのだと思います。
彼は電子回路にとって劣悪な環境でも動くデバイスを作ることに喜びを感じるそうです。
電子回路でコンピューターが動くのに最適なのは、常に適正な温度や湿度に保たれている場所です。クーラーが効いているような場所で湿度もない場所が最適で、サーバーセンターもそのような場所にありますが、彼は環境の良い場所で電子回路が動くことはあたり前だと思っています。
しかし彼が作った電子回路搭載のHelppadは、尿や便で汚れてしまいます。尿や便による水没や湿度の問題、またベッドの上で掛け布団をかけていると温度上昇が生じます。あとは人間の体重がかかり続けるし、介護職さんが忙しい中でおむつ交換をするので、どうしてもHelppadも動いてしまいます。そのため、電子回路にとっての環境としては最悪です。
それでも動くものを作れる、その挑戦が彼にとって面白いみたいです。
さらにロボカップ時代にはできなくてHelppadでできることが、「オーダーメイド品」ではなく「量産品」を作れることです。
彼はオーダーメイド品が動くことも当たり前だと思っています。
ずっとそのプロダクトにかかりきりで修理や点検をすれば動くからです。
自分が設計し、工場で量産した製品が、世の中に普及し何年も動き続けることを面白いと思うようです。そのため以前より量産品に関わりたいと思っていたそうです。
ロボカップでも大会で出たあらゆる課題を全部解決してまた世界優勝するという面白さがありますが、Helppadのような電子回路にとって劣悪な環境で何百万回と動かし続け、誰がどのように使っても何年も動き続ける、そのような製品に関われることが彼にとっての喜びだと言っていました。
私はただHelppadのアイディアを考案しただけなのですが、彼は常々、私の情熱に負けたといっています。彼は自分が関わったプロダクトは、自分の手から完全に離れるまで責任があるから一緒にやりたいと思ってくれています。始めは1年のつもりだったのが気づいたら10年以上経っています。
彼がいてくれることは私にとっても誇りにつながっています。
大学時代のヒーローですから。エンジニアを目指す人間からしたらそのような人が働いてくれるのはうれしいものです。
他のエンジニアメンバーも、しんどい状況の中でも面白く一緒にいてくれる最高のメンバーだなと全員に対して思います。
ーーありがとうございました!起業をするきっかけとなったエピソードやCTO谷本氏との出会いについてお話を伺いました。
後編では、サービスへの想いや今後の展望について深掘りをしていきます。