2022.12.10
医療従事者不足や過重労働問題、地域偏在・診療科偏在やヒューマンエラーによる医療事故問題は後を絶たない。
これらの問題を解決するための手段として、現在医療AIを活用した様々なサービスが開発されている。本記事では医療AIの現状と活用事例、今後の課題についてまとめる。
目次
なぜ医療分野でAIが必要とされているのか?
医療分野においてAIが必要な背景には、地域や診療科によって起こる「医療従事者の人手不足」が関係している。
特に地方と都市部における格差は大きい。
外科や産科、救急科などの診療科では労働時間が過酷なケースがあることから、医療従事者が集まらない。
このような人手不足により、医療従事者の労働環境は過酷になっている。1人あたりの労働負担が増えるからである。
医療従事者の負担を減らすために、働き方改革によって長時間労働の是正や残業時間の削減の必要性が叫ばれている。
保健医療分野におけるAI活用推進懇談会
厚生労働省が行った「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」では、医療従事者不足や地域偏在、診療科偏在などの問題を解決するために、AI開発を進めるべき重点6領域を選定した。
次に、注力分野である6項目について紹介する。
出典:厚生労働省「保健医療分野における AI開発の方向性について」https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000337597.pdf
出典:保健医療分野 AI 開発加速コンソーシアム 議論の整理と今後の方向性(令和元年6月28日策定)を踏まえた工程表について
https://www.mhlw.go.jp/content/10600000/000641325.pdf
ゲノム医療
ゲノム医療とは、人の遺伝子情報を調査し、得られた結果をもとに診断や治療を行う医療のことである。
現在、全ゲノム解析等実行計画に基づき、難病領域やがん領域における先行解析を実施している。先行解析後は、研究動向や解析状況を踏まえ、新規検体を収集・解析する見込みだ。
本来、ゲノム解析は膨大な時間を要するが、AIを活用することで解析時間短縮が期待できる。
ゲノム医療のAI開発に対して、厚生労働省は以下の施策を行なっていくと発表している。
- 国立がん研究センターにがんゲノム情報管理センターを整備し、ゲノム情報を集約
- がんゲノム情報管理センターが臨床情報や遺伝子解析情報等を横串で解析する知識データベースを構築
画像診断支援
厚生労働省が、医薬品医療機器法上や医療法上の取り扱いを明確化した。
また以下の関連学会が連携して画像データベースを構築することを発表している。
- 日本病理学会
- 日本消化器内視鏡学会
- 日本医学放射線学会
- 日本眼科学会
データベースを活用し、医療機器メーカーへ教師付画像データを提供することで、AIを活用した画像診断支援プログラムを開発。作業効率化や診断の質向上を図っている。
診断・治療支援
厚生労働省が、医薬品医療機器法上や医療法上の取り扱いを明確化した。
また日本医療研究開発機構(AMED)研究費により、難病領域を幅広くカバーする情報基盤を構築している。
頻度の高い疾患や比較的稀な疾患について、AIを活用することで、より質の高い診断・治療支援を実用化済みだ。
たとえばレントゲンやMRIなどの画像診断機器ではAIの活用が積極的に行われている。
AIを活用することで、見逃されていた可能性のある腫瘍や疾患などを早期に発見し、早期治療に活用されている。
医薬品開発
創薬ターゲット探索のため知識データベースを構築し、医薬品開発に応用可能なAIを開発。
AIを用いた効率的な医薬品開発の実現を目指している。
医薬品のAI開発に対して、厚生労働省は以下の施策を行なっていくと発表している。
- 国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所が、創薬ターゲットの探索に向けた知識データベースを構築
- 国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所、理化学研究所、及び京都大学が中心となり、製薬企業とIT企業のマッチングを支援
介護・認知症
AIを活用した認知症対応支援システムの開発や認知症高齢者の対人交流、コミュニティ作り支援システム開発を推進中である。
またAIを搭載した介護ロボットの開発を進めることで、認知症予防対策に注力している。
厚生労働省は、厚生労働科学研究費補助金により介護における早期発見・重症化予防に向けたデータ収集及び予測ツールを開発中だ。
手術支援
手術データの蓄積・統合を行い、AIによる麻酔科医の業務支援が可能な児童手術支援ロボットの実用化を図っている。
AIを搭載したロボットが、腫瘍や臓器の位置を医師に示すことで、より安全かつ質の高い手術の実現が期待できる。
厚生労働省は、厚生労働科学研究費補助金等により手術関連データを相互に連結するためのインターフェース標準化を実施している。
現在の医療分野におけるAI活用事例
医療分野におけるAI活用実績は多数ある。
ここでは、医療機器や診療器具、レセプト業務支援へのAI活用事例を取り上げる。
レントゲンやMRIなどの画像診断機器ではAIの活用が積極的に行われている。
AIを活用することで、見逃されていた可能性のある腫瘍や疾患などを早期に発見し、早期治療に役立てられているのだ。
また採血ロボットやスマートスピーカー、スマートウオッチなどにAIを搭載する事例も注目されている。患者の急変を知らせる、医療従事者の業務支援を行うなどの役割を果たし、患者の負担軽減が実現できている。
AIを搭載したロボットによる手術支援も実用化されている。
AIを搭載したロボットが、腫瘍や臓器の位置を医師に示すことで、より安全かつ質の高い手術の実現が期待できる。
AIは決まった形式のタスクを処理する能力が高いため、レセプトチェックやレセプトの自動作成などにも応用されている。
AIを活用することで、国で定められている診療報酬点数をもとに、正しい診療報酬請求業務が行えるのだ。
従来発生していた請求漏れや請求ミスなどのヒューマンエラー防止が期待される。
このようにAIによる診療支援やレセプト業務支援などは、今後ますます活用されていくだろう。
医療分野におけるAI活用の課題点
現在、医療分野におけるAI活用事例は多く存在する一方で、AIを活用することで生じる課題点は拭えていない。ここでは3つの課題点を論じる。
医療分野におけるAIの妥当性が証明できるか
AIでは、さまざま情報を収集・蓄積し、学習を行っていくのが一般的である。
そのため、学習していない知識や情報に触れると対応ができず、適切な判断が下せない。
特殊な疾患や症例などに対しては、知見がないことで偏った診断を行う可能性があるのだ。
AIによる適切な診断が実現できるよう、さらなるデータベースの構築、そしてAIへの学習体制の確立が求められる。
医療分野におけるAIの法整備が整っていない
AI活用事例が増える一方で、AIが診断した結果の取り扱いに関する法整備はいまだ完全ではない。AIの妥当性が完全に示されていない現状では、AI診断は補助的な役割にとどめざるを得ない。今後は法整備を確立し、AIと医師の役割を明確化させることが求められる。
医療分野におけるAIを活用する医療従事者の知識不足
AIは高度な技術や知識を有する人工知能だ。
そのため、AIを扱う医療従事者においても、高度な技術や知識がなければ、使いこなせない可能性がある。
現在、医療従事者がAIを使いこなせるよう、医学科の必修科目にAIを追加する試みが加速している。
医療分野におけるAIを導入することで得られる未来
今後AIは医療分野でますます発展を遂げ、さまざまな領域で活用されていく。
AIは決まった形式のタスクを処理することに長けている。
そのため、医療データの収集や分析、分類は得意領域だ。
これらのスキルは、医療現場におけるレセプトチェックや受付業務、会計業務などに生かされる。
本来、医療従事者が行っていた業務をAIが対応することで、医療従事者不足問題の解消に役立つ。またAIが医療業務を肩代わりすることで、医療従事者の労働環境は改善できるだろう。
人が介する業務にはヒューマンエラーがつきものだ。一方でAIを活用することで、人を介さない仕組みが作れるため、ヒューマンエラーが未然に防げる。
また、従来の新薬開発の手法では、創薬ターゲットの推定に膨大な時間や労力、費用が注ぎ込まれていた。
新薬開発にAIを活用することで、適切な創薬ターゲットが選定しやすくなり、新薬開発の効率化が図れるようになる。そのため、従来発生していた時間や労力、費用削減の効果が期待できる。
今後、医療分野におけるAIを活用した事例はますます発展していくことが予想される。
一方で、AIの妥当性や法整備が整っていない点、医療従事者のAIリテラシーの欠如が課題として挙げられる。
そのため、当面はAIと人が役割分担を行い、お互いをサポートする体制を築くことが求められるだろう。
参考:
厚生労働省「医薬品開発におけるAIの活用について」
https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000926770.pdf
参考:
厚生労働省「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律等の一部を改正する法律の概要」
https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000939640.pdf