2023.01.19
2022年12月に、政府は「全世代型社会保障構築会議」の報告書(以下、「報告書」とする)を了承した。報告書の中では、かかりつけ医機能が発揮される制度整備について言及されており、フリーアクセスの考え方のもとでかかりつけ医制度を整備していくことが示された。
医療機関の在り方を変える可能性がある「かかりつけ医の制度化」について、その背景から振り返る。
目次
現在の日本の医療提供体制
かかりつけ医の制度化を理解する上で、まずは現在の日本の医療体制について整理したい。
日本の医療の大きな特徴はフリーアクセスであることだ。病院の規模や立地、診療科を問わず、患者が受診したいと思った医療機関を自由に選択して受診することが出来る。さらに医療機関は原則としてそれに応じる義務(応召義務)がある。日本では当たり前のことに思えるが、例えばイギリスでは事前に登録した診療所のみに受診することが可能であり、日本の仕組みとは大きく異なる。
フリーアクセスは、患者の選択の自由と、医療へのかかりやすさが優先された仕組みだが、医療機関への受診の判断が患者自身に委ねられているため、不必要・不適切な受診が発生していたり、逆に必要な時に必要な医療が提供されていないケースがある。
かかりつけ医の制度化で「医療費適正化」を図る
かかりつけ医の制度化の狙いは「医療費適正化」にあるとも言われる。かかりつけ医の制度化を行うことで、患者はかかりつけ医に相談したうえで適時適切な受診をすることができ、無駄な受診・無駄な診療・過剰な薬剤投与等が削減され、医療費が適正化されるというものだ。まさにイギリスの例がこれにあたる。
かかりつけ医制度は報酬体系とも密接に関わっている。ドイツでは、家庭医(日本でいう、かかりつけ医)に対しては「人頭払い」が中心となっている。「人頭払い」は、医療機関に登録された患者数に応じて、定額の報酬を支払う方式であり、患者に提供した医療サービスは報酬額に影響しない。日本においては、診療ごとの出来高払いのため、医療機関が患者に対して受診を促すインセンティブが発生している。人頭払いにすることは医療費適正化に繋がる可能性がある。
医師会は、かかりつけ医の制度化には反対の立場
これまで、かかりつけ医の制度化が難航していた背景には、医師会による反対がある。
医師会の会員の約半数は開業医である。医師会にとって、開業医の立場を守ることは重要な役割となっている。かかりつけ医が制度化され、フリーアクセスが脅かされることは開業医にとっては死活問題である。
日本医師会は2022年4月の会見で、「国民の信頼に応えるかかりつけ医として」という提言を発表した。提言では、『「かかりつけ医」は患者の自由な意思によって選択されるものである』と強調し、政府によるかかりつけ医の制度化をけん制した。会見においても、「医療費抑制のために国民の受診の門戸を狭めるようなことであれば認められない」との立場を示した。
かかりつけ医制度化の方向性
このような流れの中で、どのようにかかりつけ医の制度化を進めていくのか注目が集まっていたが、今回の報告書において、以下の方向性が示された。
- フリーアクセスの考えのもとで制度設計を行うこと
- 医療機関、患者それぞれの手挙げ方式とすること
- 医療機関が、自らが有するかかりつけ医機能を都道府県に報告する制度を創設すること
- 地域全体で必要な医療が必要なときに提供できる体制を構築していくこと
- かかりつけ医機能に関して地域で協議する仕組みを導入すること
まず、論点となっていたフリーアクセスは維持されることとなった。必要なときに必要な医療を受けられるというフリーアクセスの良さを生かしつつ、かかりつけ医制度を構築していくこととなる。
そして、どの医療機関がかかりつけ医を担うのかについては、「手上げ方式」にすることとなった。医療機関は自らの地域において、どのようなかかりつけ医機能を担うのか、自己申告で都道府県に報告することとなる。
患者側も手上げ方式であり、かかりつけ医を持つかどうかは、患者自身にゆだねられることとなった。
医療費適正化の観点からは必ずしも十分な結論ではなかったかもしれないが、報告書では今回の制度整備はかかりつけ医機能実現の「第一歩」としている。
一方で、かかりつけ医の制度化に伴う報酬体系については言及されなかった。
かかりつけ医には、直接的な診療行為だけではない幅広い相談機能や各種医療介護サービスとの連携機能が求められている。しかし、現状の仕組みにおいては、これらの業務には報酬が支払われない。
令和4年第16回経済財政諮問会議によると、厚生労働省は今後、かかりつけ医機能を評価する診療報酬である「地域包括診療料」について、対象疾患の見直しなど、2022年度診療報酬改定の影響検証等を踏まえ、2024年度改定で必要な見直しを検討している。
「成果の測定指標」(アウトカム指標)は、「大病院受診者のうち、紹介状なしで受診したものの割合」で測定を行い、具体的な目標達成指標として「2024 年度までに 200 床以上の病院で紹介状なしによる受診40%以下」を掲げている。
これからの医療提供体制
報告書において、もう一つ注目したいのが、「地域全体で」かかりつけ医機能を果たすという方向感である。
「かかりつけ医機能」とは現行の医療法施行規則に規定されている 「身近な地域における日常的な医療の提供や健康管理に関する相談等を行う機能」のことをいう。
かかりつけ医機能の例
- 外来医療の提供(幅広いプライマリケア等)
- 休日・夜間の対応
- 入退院時の支援
- 在宅医療の提供
- 介護サービス等と連携
このように、かかりつけ医が持つべきとされる「かかりつけ医機能」には様々な種類があり、1人の医師だけでは担うことが難しいのが現状である。
今回、各医療機関がどの機能を担うことが出来るのかを都道府県に報告し、足りない部分は他の医療機関との連携で補うなどして、地域全体で、かかりつけ医機能を満たしていくという考え方が示された。
出典:全世代型社会保障構築会議(第10回)資料
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/zensedai_hosyo/dai10/gijisidai.html
これにより、かかりつけ医機能を担う意向はあるが、今までその機能を提供できていなかった診療所が、機能の充足に必要な支援を受けるまたは他の医療機関と連携することで、かかりつけ医機能を発揮することが可能になる。
「特定の診療所」がかかりつけ医機能を満たしてきた今までと異なり、かかりつけ医機能を提供することができる診療所が増えていくだろう。
そしてかかりつけ医の制度化議論の中では、「治す医療」から「治し、支える医療」へ転換していくことが重要とされた。
現在は、「休日・夜間の対応」「在宅医療の提供」「介護サービス等と連携」等が出来ていない診療所も多いが、「支える医療」を実現する為には必要な機能となる。
したがって2023年にかかりつけ医機能の制度整備の実施に向けた具体化と地域医療構想の実現に向けたさらなる取り組みを早急に進めていくとしている。
また2025年までに取り組むべき項目として、以下を挙げている。
- 本格的な人口減少期に向けた地域医療構想の見直し、実効性の確保
- 地域包括ケアの実現に向けた提供体制の整備と効率化・連携強化
地域として、「支える医療」を実現する為に必要な機能を備え、地域全体で患者を支えていく考え方は、まさに地域包括ケアシステムそのものと言える。かかりつけ医の制度化によって、地域包括ケアシステム実現に近づくとともに、従来型の「治す医療」から「治し、支える医療」へと、医療の在り方が変わっていくだろう。
まとめ
「全世代型社会保障構築会議」の報告書によると、必要なときに迅速に必要な医療を受けられるという従来のフリーアクセスの良さを生かしつつ、かかりつけ医制度を構築していくこととなった。
また、どの医療機関がかかりつけ医を担うのかについては、「手上げ方式」となった。
患者側も手上げ方式であり、かかりつけ医を持つかどうかは患者自身にゆだねられる。
かかりつけ医制度を導入するにあたり、地域の医療機関はどのようなかかりつけ医機能を有しているか都道府県に報告をする。その報告のもと、地域で不足しているかかりつけ医機能を充足できるような支援・連携の仕組みを作ることで、「特定の診療所だけ」でなく、「地域全体」でかかりつけ医機能を満たせるようになる。
したがって地域が一体となって、かかりつけ医機能を満たしていくことで地域包括ケアシステムが強化されていくだろう。
参考
(1)全世代型社会保障構築会議 報告書
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/zensedai_hosyo/pdf/20221216houkokusyo.pdf
(2)令和4年第16回経済財政諮問会議 新経済・財政再生計画 改革工程表2022
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2022/1222/shiryo_03-2.pdf