2023.02.11
Amazonが展開している医療プラットフォーム「Amazon Care」が2022年12月31日をもってサービスを終了した。本記事では、Amazon Careの停止理由と、Amazonのヘルスケアビジネスにおける今後の展望について考察していく。
目次
Amazon care とは
Amazon Careとは、Amazonが提供する訪問医療と遠隔医療の医療サービスのことだ。
サービス利用者は遠隔による医療対応を医師から受けられる。また、新型コロナウイルスの感染拡大に付随して、看護師の自宅訪問によるワクチン接種や検査を実施するサービスも提供していた。
Amazon Careサービスページ: https://amazon.care/ (2022/12/31以降、全ての運用を終了)
Amazon Care サービス開始から終了までの変遷
緊急ケアやプライマリケアを通じ、幅広い患者のニーズに対応していたAmazon Careだが、2022年12月31日をもってサービスが終了となる。
以下では、Amazon Care サービス開始から終了までの流れについてまとめる。
2019年9月 Amazon Careを従業員向けに開始
Amazon Careは、2019年9月にAmazon従業員向けにサービスを開始。
電話やチャット、ビデオなどのツールで医師に相談ができ、市販薬や処方箋が宅配で提供されるサービスを展開していた。
サービスの特徴は24時間体制である点だ。真夜中に急変が起きてもすぐ相談ができ、チャット経由で医師に画像を送って症状を診て診てもらえる点が強みとなっていた。
2022年2月 Amazon Care サービス対象者拡大を表明
サービス対象者が従業員のみに限られていたAmazon Careは、本社が存在するワシントン州などの一部地域にのみ展開していた。
そんなAmazon Careは2022年2月に「対面診療サービス」の対象地域を20都市以上に増やすと発表。サービスのさらなる拡大を図った。
2022年7月 AmazonがOne Medicalを買収
Amazonは総額約39億ドル(約5300億円)で、プライマリーケアサービスなどを提供していたOne Medicalを買収。One Medicalのサービスは当時すでに25の米国市場で80万人弱のユーザーがおり、Amazonはさらなる遠隔医療サービスの拡大に向けて舵を切ったと見られていた。
2022年8月 Amazon Care サービス終了を発表
ところが、One medicalの買収発表からわずか1カ月でヘルスサービス部門のトップであるニール・リンジー氏が2022年12月31日をもってサービスを終了すると発表。わずか3年3ヶ月でAmazon Careの幕は下りることとなった。
Amazon Care サービス終了の背景
リンジー氏はサービス終了に伴い、従業員に対して「この決定は、簡単に下されたものではなく、数か月に及ぶ慎重な検討の結果です」というメールを送ったという。
Amazon Careがサービス終了となった背景については、様々な推測がされているが、本記事では、Amazon Careのサービス内容やアメリカの医療業界の現状から2つの仮説を考える。
ターゲットとなる大企業のニーズを満たせなかった
ヘルスサービス部門のトップであるニール・リンジー氏は、Amazon Careサービス終了の理由を以下のように説明している。
「加入者はAmazon Careの多くの側面を気に入ってくれているが、われわれがターゲットとしてきた大企業顧客向けとしては、Amazon Careは十分に完全なサービスではなく、長期的には機能しない」
では、Amazon Careのどういった点が大企業顧客にとって不十分だったのだろうか。
それは、従業員が月額料金を負担するビジネスモデルにあるのではないかと考えられる。
Amazon Careのサービスを利用する場合には、月額料金を支払わなければならない。つまり、例え身体に不調がなく、Amazon Careを利用しない月においても月額費用が発生してしまうのだ。
大企業を取り込んだとしてもこの月額料金はサービス利用者である従業員によって支払われる形式だったため、コストを抑えたい従業員やヘルスケアサービスを求めていない従業員にとっては費用対効果の悪いサービスだったのではないだろうか。
また、従業員に対してAmazonブランドの遠隔診療を受けるよう説得するなど、企業側の導入コストがかなり大きかったために従業員数の多い大企業ではあまり機能しなかったのではないかと推測される。
看護師の確保などサービス維持のためにコストがかかりすぎた
アメリカでは2020年頃からコロナウイルスのパンデミックで、各地で深刻な看護師不足となっていた。そのため、激しい獲得競争が行われ、給与を引き上げる医療機関も多く見られた。
Amazon Careのサービス内容には看護師が自宅や勤務先に往診してくれるというものがあったが、コロナ禍の状況下では人員確保が非常に困難であったと推測される。
また、Amazon Careについては、これまでAmazon側と医療スタッフとの間の緊張について報じられたことがあった。Amazonは医療行為に適用されるすべての法律に準拠していると述べているが、患者への対応や医療廃棄物の取り扱いなどをめぐって意見が対立するケースもあったようだ。
Amazon Careのサービス提供には医療従事者の協力が必須だが、コロナウイルスの感染拡大もあり、人員の確保や管理コストが大きな負担になっていたのではないかと考えられる。
Amazon Careは終了したが、Amazonはヘルスケアビジネスから撤退するわけではない
Amazon Careサービス終了を発表したAmazonだが、ヘルスケアビジネスにおける規模縮小や撤退の意向は表明していない。
Amazonは2022年11月15日に「Amazon Clinic」を新たに立ち上げ、32州で遠隔診療を提供すると発表した。Amazon Clinicはニキビ、喘息など20種類以上の軽度な症状を対象として、オンライン上で診察を受けることができる。
また、Amazonは2020年11月からAmazon Pharmacyという、病院の処方箋と連携してオンラインで医薬品を購入できるサービスを開始している。
Amazon ClinicとAmazon Pharmacyを連携させ、より顧客の診療体験やニーズを高めることができれば遠隔診療と医薬品の分野から幅広いヘルスケア市場を開拓していける可能性もある。
他にもプライマリーケア(初期診療)のサービスを全米展開する1Life Healthcare(One Medicalの名称で事業展開)の買収や在宅健康診断サービスベンダーSignify Healthの売却案件への入札を見ると、Amazonはむしろ医療ビジネスに本気であり、投資に対して意欲的になっていると言えるだろう。
さらなる市場拡大が見込まれる遠隔医療市場から目が離せない
深刻な医師不足や新型コロナウイルス感染症の蔓延、在宅医療の広がり等が追い風となり、遠隔医療ソリューションは今後ますます市場規模が見込まれている。
アメリカのレポート・オーシャンによると、2030年までに世界の遠隔医療市場は毎年20.5%の成長率で、1711億3000万ドル(約19兆7800億円)まで拡大する。
一方で、今後のヘルスケア業界は厳しい競争が激化すると予想されている。
特にAmazonにとってライバルとなる企業は、オプタム(医療保険・管理医療サービス企業)が挙げられる。またドラッグストアチェーン大手のCVSヘルスや、医師の雇用に力を入れた病院・クリニックとも広義の競合と言えるだろう。
Amazonが今後、ヘルスケア業界を生き抜いていくには、さらなる事業規模の拡大と、医師の獲得競争に打ち勝つことが必要だ。
参考:
(1)アマゾンがヘルスケア事業「Amazon Care」開始、1,000兆円市場を狙うGAFAMの動き SBクリエイティブ株式会社
(2)アマゾン、5300億円で米診療サービス企業買収へ 日本ビジネスプレスグループ
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71118
(3)わずか3年で幕、「アマゾン・ケア」年内終了へ 日本ビジネスプレスグループ
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71541
(4)アマゾン、医療サービス本格展開 対面診療拡大へ 日本ビジネスプレスグループ
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68816
(5)「Amazon Careのシャットダウン:完全な失敗ではなかった理由」
https://shereesemay.medium.com/amazon-care-shutdown-heres-why-it-might-not-have-been-a-total-failure-f90476adf84d