2023.02.21
日本において、アルツハイマー病の治療薬として厚生労働省に承認申請されたレカネマブ。
2023年1月には優先審査の対象品目に指定された。アメリカでは、すでに米食品医薬品局(FDA)より承認を受けており、実用化に向けて試験が進められている。
本記事では、レカネマブに期待される効果やアルツハイマー病治療の今後について解説する。
目次
アルツハイマー病の新薬レカネマブとは
レカネマブは、日本の大手製薬会社であるエーザイ株式会社とアメリカのバイオジェン・インクが共同開発したアルツハイマー型病新薬である。
2023年1月6日に米国医薬品局(FDA)から承認を受けたレカネマブは、アメリカで1月中に販売が決定。日本国内では、1月16日に厚生労働省へ承認申請がなされた。
エーザイ株式会社は実験の結果、レカネマブがアルツハイマー病の症状の進行を遅らせる効果が確認できたとしている。
アルツハイマー病の原理とレカネマブの有効性
アルツハイマー病は認知症のうちのひとつで、アミロイドβ(タンパク質)が脳に蓄積することで脳の神経細胞が破壊され、認知機能が低下する疾患である。世界保険機関(WHO)の推計によると、世界の認知症患者は約5500万人と言われ、そのうち約7割はアルツハイマー病患者とされている。
レカネマブは、水に溶ける状態のアミロイドβであるプロトフィブリルを除去することで、認知機能の低下を防ぐ効果がある。
これまでのアルツハイマー病治療薬は、一時的症状を緩和させる作用しかなく、病気のメカニズムに働きかける薬は国内では承認されていなかった。
一方で、レカネマブは、アルツハイマー病の原因とされるアミロイドβを除去する。
体重に応じた量のレカネマブを2週間に1回点滴した臨床試験では、1年半後に症状の悪化を偽薬投与群と比べて27%抑制する効果が確認された。
レカネマブが迅速承認・承認申請に至った背景
米国の公的データベースである「Clinicaltrials.gov」によると、レカネマブに関する臨床試験は、現在進行している試験を含めて7つ実施されてきた。
今回は、7つのうちレカネマブの迅速承認の根拠となった「201試験」及び承認申請の根拠になった「クラリティAD」について解説する。
レカネマブ迅速承認の根拠となった201試験
201試験では、856人の早期アルツハイマー病患者を対象者として試験が行われた。12ヶ月間、早期アルツハイマー病患者の症状変化を確認し、症状の悪化が抑制されるかを調査した試験である。その結果12ヶ月では症状の悪化が抑制できなかったが、18ヶ月では症状の悪化が抑制でき、アミロイドβの抑制が確認できた。
レカネマブ承認申請の根拠となったクラリティAD
クラリティADでは、1906人の早期アルツハイマー病患者を対象者として試験が行われた。
201試験同様に早期アルツハイマー病患者の症状変化を確認し、症状の悪化が抑制されるかを調査した試験だ。CDR-SBスコアの結果、18ヶ月の間で症状の悪化が抑制でき、アミロイドβの抑制効果があったと報告された(2022年11月)。
この試験が契機となり、フル承認に向けて承認申請が進められた。
レカネマブの実用化についての懸念
アルツハイマー病の原因であるアミロイドβを除去できるとされるレカネマブ。
しかし、レカネマブの実用化については懸念事項があるとされている。
安全性についての懸念
クラリティADでは、アミロイドβ関連の異常所見が確認された。画像検査では、脳出血と脳浮腫が確認されている。
報告によるとレカネマブを投与された患者のうち、脳出血が17.3%、脳浮腫が12.6%の結果が出た。プラセボ群と比較した場合、それぞれ9%・1.7%の差が出ているため、安全性が問題視されている。
費用についての懸念
レカネマブは適正体重の患者の場合、薬剤費だけで2万6500ドル、日本円で年間約350万円の費用がかかる。
厚生労働省が発表した「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)の概要」によると、2025年には約700万人(約5人に1人)が認知症患者になると言われている。
上記を加味して年にかかる薬剤費を計算すると、最大で約25兆円の費用が発生する可能性がある。国の医療費が40兆円程度と考えた場合、公的保険医療保険で賄うことになれば、保険財政はひっ迫していくだろう。
早期の診断を実現するソリューションも求められる
現時点におけるレカネマブ適応患者は、症状が軽微で、初期段階のアルツハイマー病患者に限られる。そのため、アルツハイマー病患者をいかに早く見つけ出せるかが重要だ。
本項では、初期段階のアルツハイマー病患者を早期に見つけ出すための手段として注目されている方法を解説する。
PET検査による判定
アルツハイマー病の診断として、PET検査は主流になっている。
PET検査を行うことで、脳の中にアミロイドβがどのぐらい蓄積されているのかを視覚化できるのだ。
しかし、PET装置は高額であり、検査費用も高額になる。また、特殊な薬剤の使用が必要であるため、技術者や専用の施設が必要だ。さらに患者の身体への負担が大きいため、なかなか普及させるのが難しいとされている。
AIを活用した日常会話の判定
自然言語処理に特化したデータ解析を行う株式会社FRONTEOは、現在AIを活用して日常会話を分析することで、日常会話から認知症の兆候をつかむ研究を進めている。
AIが5分〜10分間程度の日常会話を分析し、認知症患者の会話でみられる具体性の乏しさや特徴的な指示語の多さなどを検出する。
認知症の可能性を判定する精度が90%であることを示した論文を出している。
この技術をかかりつけ医の問診などで活用することで、専門医の診断のサポートにつながることが期待される。
血液検査による判定
株式会社島津製作所では、ノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏の研究を応用し、アルツハイマー病診断が簡単にできる装置の開発を進めている。
数滴の血液から、分析に必要なタンパク質を分離し、重さの違いを比べることで脳に蓄積したアミロイドβの量を推定する。
検査精度は90%近くであることを世界的な学術誌で発表している。
レカネマブは認知症治療を変えるのか
今後もレカネマブの検証は続いていく。クラリティADに加え、アルツハイマー病発症前の患者を対象とした「AHEAD 3-45試験」が2027年まで継続される見込みだ。
今後、数年間の試験でレカネマブの有効性・安全性を示さなければならない。
レカネマブはあくまで、アルツハイマーの進行を遅らせる薬であり、アルツハイマー病を完全に治療する薬ではない。
しかし、アルツハイマー早期患者への治療効果が確認できれば、アルツハイマー病だけではなくこれまで治療が困難だった認知症治療が大きく進んでいくだろう。
参考
(1)認知症新薬、日本で申請 エーザイ「レカネマブ」 年内承認目指す 産経新聞
https://www.sankei.com/article/20230116-V5IKMNCPZBNDLEWTQV4C3GXQME/
(2)アルツハイマー病治療薬 レカネマブの効果と副作用は? NHK
https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/700/477773.html
(3)アルツハイマー薬「レカネマブ」、エーザイが厚労省に承認申請…早期患者が対象 読売新聞
https://www.yomiuri.co.jp/medical/20230116-OYT1T50163/
(4)認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)の概要 厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12401000-Hokenkyoku-Soumuka/0000076554.pdf
(5)アルツハイマー病の新治療薬 アメリカで承認 日本では? NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/special/sci_cul/2023/01/story/alzheimer/
(6)エーザイの認知症新薬レカネマブ 優先審査対象に 産経新聞
https://www.sankei.com/article/20230130-CMHFTT5REZMMHDFH2HODBXRVCE/
(7)会話型 認知症診断支援AIプログラムの開発 今後の新しい認知症スクリーニング技術としての活用に期待
https://www.fronteo.com/20220804
(8)アルツハイマー病創薬の開発支援 株式会社島津製作所
https://www.shimadzu.co.jp/advanced-healthcare/case/03.html